「教会ウェディングナビ」とは
野球で言えば、おそらくバッターが「絶好球」に力んでポップフライを打ち上げてしまったようなものだろう。それ以来、私の結婚観は「もう、いいや。焦ってするのはやめた」というものに変わった。もう少し正確に言えば「どうしてもしたいわけでもないし、どうしてもしたくないわけでもない」という感じだろうか。しかし、周囲はそんな微妙な感覚はついぞ理解してくれない。「いい年こいて、結婚したいのにできないカワイソウな奴」という目で見るのである。大きなお世話だ。いやちがう、焦って「結婚」のための「結婚」はしたくないだけだ、独身でも自分は十分幸せだと反論すればしたで「またまた~無理しちゃって!」と言われてしまう。ったく、どうせいっちゅうねん。私は純粋に「結婚」をしたいと考えていますが、もちろん相手に浮気はして欲しくありませんし、もちろん自分でもしようとは思っていません。今のところですがよく結婚すると、束縛、束縛と言いますが、配偶者や子供が誰と付き合っていようと構わない、誰とSEXしていようと気にしない、何時に帰ってくるか分からない、という状態で結婚生活って成り立つものでしょうか?そもそも、それで結婚しているといえるのか?ただ役所に届けているだけではないのか??と思ってしまいます。私の中での結婚観は、相手にはある程度の期待はするし、勿論私にも期待してほしいし、それに応えるのが私の幸せだと思っていますし、相手にもそれを幸せと思って欲しいです。それを「束縛」ととられてしまうとちょっと悲しいですね。